ウリエル 天国へ

 ウリエルが血液の病で母親ラミエルよりも先に天国に召されました。
 2017年3月の愛犬暦はウリエル追悼特集になってしまいました。



 亡くなる3日前、ママがウリエルを看病している姿をツレアイが動画で撮りました。

ヘルニア日誌(2012/03/06〜2017/03/25)

2012/03/06(火)
 ウリエルの調子が4,5日良くなかった。先月ラミエルが消化器炎症になったが、4,5日前からウリエルも体調がもうひとつで、食欲もなく、尻尾も振らず、散歩にも行きたがらない素振り。昨日ラミと同じc反応型蛋白(CRP)検査をクリニックでしてもらったところ、ラミの8.0mg/dl(グレードU)よりは低いが3.1mg/dl(グレードT)で標準の1.0mg/dlよりも高い。消炎内服薬を昨夜与えたところ、今朝から嘘みたいに元気になっていた。しかし、午前中も雨で散歩できなく、午後雨が上がってから2時間ほど行って来た。
 我が家の愛犬は、あまり病気はしないが、母が罹ると娘が真似をする。悪い連鎖である。
 CRP(犬C反応性蛋白)とは、血液中のあるタンパク質を調べることによって、犬の身体の中の急性炎症を発見する。この数値が高いほど、身体の中の炎症は強いといえる。ただし、どこが炎症を起こしているのかまではわからず、他の検査や症状を見て総合的に判断する。
2014/07/01(火)
 行き付けのペットクリニックで春の健康診断をして貰ったところ、血液検査で赤血球が少なく貧血状態。原因が良く分からないので東大病院に紹介状を書いてもらって本日行ってきた。行き先は東京大学農学生命科学研究所付属動物医療センター。昨年同じころ、dachs飼主が40日認知症検査で長期入院したことがある。画像診断など諸検査をして貰ったが、CRP(C反応性蛋白値)が高いことぐらいしかわからなかった。CRPが高いと体内に何か炎症がある疑いが強い。朝10時半に来院して本日分の検査が終了したのは4時半を過ぎていた。
来週11日に再度CTか骨髄液を採るなどさらに密度の高い検査を受ける予定だが、CRP炎症については、過去ラミエルが2012年2月22日、ウリエルも同年3月6日に罹っている。同じであればそうたいした問題ではないのだが・・・。
2014/07/29(火)
 今日はウリエルが肝臓機能の検査にいつも通っている本郷の東大病院に行ってきた、肝機能は前回同様異常値を示しているが、最近のウリの調子は特に悪い様子は無く、元気にしている。ドクターに相談して、もう1か月後に再検査をして、より以上の異常値が出てなければ、手術などの処置をしない、と希望を述べた。と言うことであと、1か月は経過を見ることにした。7/1と7/8に検査をした状態と大きくは変わっていない。
2017/03/03(金)
 ウリエルが2,3日前から食欲がない。ドライフードはもちろん、牛乳で柔らかくしてやっても、大好きだった煮野菜も、食べないので来週3日間ペットホテルに預けることもあってペットクリニックに連れて行った。もともと血液検査結果で腎臓が悪いと判断をされているのだが、もう歳なので根本的な治癒は望まず、dachs飼主としは対処療法を希望している。元気が無いので点滴をして貰ったのだが今日は少し治療費が高くなってしまった。腎臓には塩分が良くないのだが、帰宅してからは大好きな鰹節と生牛肉を少し与えて食べさせた。これには、ラミエルも一緒に食らいついた。鰹節は塩分が多いのでほんの5切ほどだけにした。
2017/03/21(火)
 3日ほど前からウリエルの食欲が落ちている。ラミエルは大丈夫だが、今までは好きだったおやつも好きな野菜も缶詰も食べなくなったので、夕方ペットドクターに連れてゆくと、原因はわからないが、好きなものをやってくれと言われてしまった。とりあえず、食欲増進剤と点滴をして貰ったが、帰ってきても全く元気が無く、だらっとしている。もう少し早く気付いてやればよかったがいまさらどうにもならない。以前から血液検査では腎臓が悪い、貧血気味だとは診断されていたが、これ以上の検査に必要な注射や麻酔は東大病院でやるしかないが、やせっぽちのウリエルには耐え切れないのであきらめた。奇跡の自然回復を待ちたい。
 ラミエルは2001年3月1日生まれで16歳と50日。ウリエルは今日で、2003年10月17日生まれでまだ13歳5か月と4日(4932日)にしかならない。頑張ってほしい。
2017/03/22(水)
いつもは2階のベッドで寝ているツレアイが昨夜はリビングの床に毛布を敷いて、ウリエルと一緒に寝た。夜中、何度も起きて様子を見たそうだが、相当病気と空腹で体調が悪いにもかかわらず、眠らずに眼をしっかり開けていたという。dachs飼主が起きて様子を見に行った時も元気は相変わらずなかったが、特に痛そうな感じはみじんも感じられず、ジッと見つめてくれた。
 昨夜のドクターの話によると、貧血になると、歯茎や目蓋の裏が白くなる、もちろん元気が無くなる(ぐったりしている)などの症状もウリエルに当てはまる。昨夜からはほとんど何も食べなくなり、水を飲んでもすぐ戻してしまう。体もやせ細っているのが良くわかる。たべないせいか、口やお尻からくさい液状のものがしみだしてくる。これが死臭というものかどうかわからないが、とにかくすごくにおう。もう一度餌を元気に食べてほしいと思う。
2017/03/23(木)
今日木曜日午後はテニス指定日で、花見の段取りなどをテニス会長と打ち合わせるつもりであったが、一昨日から水しか飲まず、また水も数分後に戻してしまうウリエルのために休みにした。朝からリビングの座椅子に座って終日膝の上に載せていた。2歳半年上の母親老犬ラミエルの世話もしなくてはならないし、多大な心配心労とストレスも溜まった。
 夕食時、膝からワンちゃんソファーベッドに寝させて食事をとりに台所に行った。帰ってくると、ぼんやりした目で足と手を踏ん張って私のところに来ようとしているのだが、体が動かないようだ。これは危ないと思い、8時前だったが、急ぎかかりつけの獣医さんに車で向かった。いつも見て戴いている先生はいらっしゃらなかったが、女医さんに1昨日から、水を飲んでも数分で吐いてしまう、過去好きだった食べ物を与えても全く食べようとしない、など状況を話をして、食欲増進・抗生剤・栄養剤の点滴を50CC2本、10CC3本を打ってもらってきた。ツレアイは1,2日の延命なら痛い注射を無理やりさせるのはかわいそうだと訴えたが、明日、もう一度主治医の先生に見て貰うためにも注射をしておいたほうが悔いが残らないと話して、点滴を打って貰った。本日のウリエルの体重は2.8Kgまで落ち込んで、背中の骨がごつごつと透けて見えそうでかわいそうだった。
2017/03/24(金)
 昨夜、点滴や吐き気止め、食用増進剤などを注射してもらったが、今朝になっても元気度は一向に変わらず、昨夜もdachs飼主が2階寝室に上がって少し経った後にツレアイが「今夜一晩持たないかも・・・」と思ったそうだ。現状では頑張れば前足は踏ん張れば立つが、後ろ足まで力が回っていない。朝食時いろいろと夫婦で相談をし、その結果、医者に行くのはもうやめようということになった。点滴は一過性の栄養剤であり、食事ができなければ足腰も立たなくなるし、家で看取るのが一番ということになった。ウリエルの血液には赤血球が少なく、12歳ごろALP値が通常14〜193のところ、894もあり胆のうが悪いのではないかということだった。その所為で翌年6月歯石取りの際もこれが影響し、ヘマトクリット値が基準に達せず、赤血球が少なく麻酔ができないので手術は中止になった。犬の場合、暴れるので歯石を取る際も局所麻酔ではなく全身麻酔となってしまう。翌年夏の犬健診で今度はCRP値が高いと言われ、何らかの病気が隠れている可能性があると、本郷の「東京大学農学生命科学研究所付属動物医療センター」に精密検査を受けに行った。骨とか消化器にいろいろ検査をしたが良く判らない。この時ドクターより、赤血球が異形なので、白血球が異物として赤血球を壊していってるのではないか? との考えも私見として言われた。
 3年前のあのとき、原因はわからなかったが、赤血球が壊されていってるので、今回の症状となり、一時的な対処療法(元気を取り戻す)も効果が無いとわかった今、無念ではあるが、座して死を待つしか方法はない。このさき、どうなるかはわからないが、痛がるだろう点滴注射も2.8Kgに痩せた体にはとてもかわいそうだからもうやめたい。犬は痛がったり、苦しがったりはしないという。
 辛いだろうがじっくりと家族で優しく見守ってやろう。
2017/03/25(土)
 4日前から飲食が出来ず点滴で命を支えてきた。一昨日再度医者に行って支えて貰ったが、その後踏ん張っても後ろ脚立たず朦朧とし、昨日朝からは前脚も力が入らず、午後からは全く寝たきりで、あの頑張り屋で飼い主に従順なウリエルでさえハーハーと息が荒くなって苦しそうであった。それ迄は二人交代で膝の上で背中をさすっていたが、午後からは毛布の上に寝かせてジット見守っていた。しかし、さきほど甲斐なく本日午前1時24分、永眠。合掌。  午前7時の受け付けスタートを待って牧の原ペットメモリアルに電話を入れ、結果的に午前10:30からの火葬となった。以前2001年1月3日早々に前に飼っていたシェルティのチャッピーもこの場所の合同墓地に埋葬された。しかし、ツレアイの強い希望があり、母犬ラミエル16歳が元気なうちは我が家でウリエルの骨壺を預かり、何年後かにラミエルと同じ場所に埋葬してもらうようにお願いした。10時半から花を入れたり線香を立てて、般若心経の流れる中、手を合わせ、その後40分ほどで焼き上がり、家族3人共同で僅かなお骨を箸で骨壺に移した。